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構って欲しい症候群と目標の関係

最近、「私は、寂しがりやだから、みんなに構ってもらわないとイヤ」というような人が多いように思います。

私は、このタイプの方を“構って欲しい症候群”と呼んでいます。

もちろん、人間は誰しも、“承認欲求”というのがあります。

“承認欲求”とは誰からから自分の存在を認められたいと願う気持ちです。

でも、この、“承認欲求”は高まりすぎると、人間関係を破綻させたり、自分の心のバランスまで不安定にさせます。

それが、“構って欲しい症候群”です

もちろん、赤ちゃんはお母さんが構ってくれなければ生きて行けません。

でも、大人になると、そうではありません。自分で生きて行けます。

誰にでも、子供が母に求めるような、

「いつでも、自分を優先で、自分を一番にしてほしい。誰よりも自分を愛し、大切にして欲しい」

というのを、大人が親子関係でもない他人(知り合い、友人知人等)に求めるのは、現実的でしょうか?

ちょっと不自然な事がわかりますよね?

そう、大人として、キチンと自立した関係での付き合いにはある程度の節度が必要です。

それは、自然界の生き残りのルールにも当てはまります。

例えば、

1.寄生=片方のみにメリットがあり、もう一方は不利益を被る関係です。

寄生虫がそうですが、寄生虫が大きくなり、宿主がどんどん弱っていきます。そして、最悪の場合、宿主は死を迎え、そしてそれと同時に寄生虫も死にます。

これは、人間関係でも同じです。

あなたが、相手にばかりもとめていて、何も相手に与えないならそれは寄生です。

相手の時間や、ストレスも考えず、自分の愚痴をただひたすら聞いて欲しい。

相手の都合も考えず、とにかく自分がさみしくなったら構って欲しいという、“構って欲しい症候群”もある意味、寄生です。

これでは、良い人間関係が続くわけはありません。

自然界で、一番良い関係でいきのこれるのは、

相互共生=お互いにメリットがある。

例えば、アリとアブラムシの関係がそうです。アリはてんとう虫からアブラムシを守ります。そのかわり、アブラムシのお尻からでる甘い汁をもらいます。

自分だけとにかく、1番に見て欲しいと思ったら、相手に1番にみてもらえるだけ、魅力的な人に自分がならなくてはいけません。

相手のために自分ができることを探し、提案する必要があります。

相手の気がひきたいのなら、面白いことの1つでも話さなくては、気はひけません。

暗い顔で、嘆いてばかりでは、近寄りたいと思う人は残寝ながらいないでしょう。

そして、もう一つ重要なのは、自分が“構って欲しい症候群”になっている時、多くの人は、自分の目標を見失っているのではないでしょうか?

人は、仕事が忙しかったり、なにか打ち込むものがあったら、あまり、他人に“構って欲しい”と思っているヒマはない場合が多いのではないでしょうか?

だから、“構って欲しい症候群”になったら、「もしかして、私ってヒマ?」と自分を振り返る必要があります。

そして、自分がヒマだったり、不安だったりすると、何もない空虚感から、逆に仕事に忙しい人、何かに打ち込んでいる人、魅力的な人を捕まえて、自分の話しを聞いてもらおうとしてしましがちです。

でも、これは、1回や2回はいいでしょうが、毎回となると、相手はへきへきしてしまいます。

打ち込むものがある人は、いつも忙しいからです。

だから、“構って欲しい症候群”からの脱却のためには、まず自分の目標をみつけ、打ち込むことです。

目標がわからない人は、何でもいいからやってみる。そうしてるうちに、自分のやりたいことと、そうでないことがわかってきます。

何もしなければ、なにもわかりません。

そして、自分のやりたい事を打ち込んでいるとき、人はそんなに激しく“承認欲求”を振りかざしたりしなくてすみます。

その結果、自分が憧れるような魅力的なの仲間入りも自然に可能になります。

もちろん、相互共生の関係です。

「Photo by.空色地図」

p.s

相互共生の関係が築けていますか?

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