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オーラはコピーできない。

“歩かない日はさみしい。飲まない日はさみしい。作らない日はさみしい。こんな仕事を残した三頭火さんが私は好きだ”

これは昨日買った本の著者-泉ゆきをさんの『心はいつも三頭火』の言葉です。

この本は泉さんの絵手紙のような水墨画に、書で}自由律俳句の代表的俳人-種田三頭火さんの句が書かれています。

泉さんは大好きな三頭火さんを描いてみないかといわれて、二つ返事でこの本のお仕事を引き受けたそうです。

大好きで、尊敬する三頭火さんを描いたこの本は全ページに温かみというか愛というかそーゆーオーラを感じます。

私は俳句に詳しくないんですが、正統派の俳句の流派によっては「五七五の三つのリズム」と「季語」を重んじない自由律俳句俳句でないと切って捨てる方もいらっしゃるとか…

でも、優等生じゃないからカッコイイんですよね~。

はみ出してるてるから、愛おしい。

我が家のネコだって、デブリングだからかわいい。お腹がはみだしてるから愛おしいんですよね。(あ、話がそれちゃいましたね。)

だから、泉さんが酒飲みで、自由に旅をしながら句を詠んだ、三頭火のこと好きなのわかる気がします。

泉さんの本で興味がでてきた、三頭火さんのことネットで調べてたらこんな一文をみつけました…
“インターネットが普及しても人の心を感動させることができるのは、 印刷された活字だと思います。そこにはインクと手垢の匂いがあるからです。 「山頭火句集 村上護編」(ち くま文庫)です。ぜひと も本屋さんで御覧になってください。”

画面でみるより、紙でみたいっていうことよくありませんか?

これに似た言葉を私の好きな作家の中谷さんも言っておられました。

その人が描いた手紙や持ち物からはオーラがでている。

絵だったら、その人の描いた勢いがある。

なぜ、美術館へ行って本物をみるのか?

見た目は複写と変わらない。

でも本物はそこから立ちこめるオーラが違うのだ。

そう、オーラはコピーできないんですよね。

だから、私たちはわざわざ込み合った美術館に足をはこんで、本物のオーラに触れるんですよね。

今、コンサートでもDVDを買って、家で見た方が音声はよっぽど良かったりします、でもそれにはオーラがない

だから、コンサート会場へいって、じかにアーティストのオーラに触れ、会場のお客さん達がだしてるオーラを感じるほうが感動する。

どんなに世の中が便利になっても、オーラはコピーできないから、その一瞬、一瞬に立ち会って、本物に触れることを忘れないでください。

P.S
最近、オーラーにを感じてますか?

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